肉の山崎

ここに書かれているのは、当店の歴史を掲載したものです。
現在のお店の状況や取扱品目等とは
異なる場合があります
ので、あらかじめご承知おきください。
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創業 先代、二本松 久が昭和25年5月に、現在地、市川市3−1−21で開業

先代は、友人の紹介で平井の山崎肉店に勤めました。
そこで肉の面白みを感じ、肉の卸をやるようになりました。
仲間から市川にいい場所があるからでてこないかをいう話があり、
本店の名の「肉の山崎」を頂いて、
のれんわけのような形で肉屋を開いたわけです。
荷台の大きい自転車に、一頭70キロある豚を乗せて
配達することもやったと聞いています。
卸専門で、頭、胴等と分断したものを調達して、
ロースとか欲しいものを納める仕事だったようです。
解体して欲しいものを小売屋さんのために調達するという
卸の原点の仕事をはじめはやっていた。
無形一式のことをやらなければ商売が成り立たなかったわけです。

時代背景 創業の昭和25年6月に朝鮮戦争が勃発し
軍需ブームにわいたが、9月には朝鮮戦争への不安で、
買いだめ、売り惜しみが始まるといった
太平洋戦争の後遺症が残る時代でした。
商店街のイベントとしては、大島のアンコさんがきて,
うちに泊まって商店街を十数人のアンコさんが歌を歌いながら
練り歩くという大島の観光のPRと商店街の出口とか商店の店先で
SBとかオリエンタルカレーのセールスマンがきて
自分の会社の商品も宣伝しながら
お店の宣伝もするというとかが多かったです。
チンドン屋さんも多かった。

発展 私が店を継いだ頃は、高度成長時代で、
昭和42,3年から48年ごろは、精肉業界も活気がありました。
その中で私はデリカ商品が目を出すと思い、
揚げ物、惣菜の方に力を入れました。いつも新しいものを考え、
当時は何でも手づくりでした。いまも昔のままでコロッケをつくっています。
イモをふかして皮をむいて肉といためて大きななべで
バーナー(昔はコークス)でいため上げるというやり方です。
学生が「おじさん、コロッケをパンにはさんだやつが欲しい」というのです

それがきっかけでサンドイッチをはじめた。
それでコロッケサンドとかカツサンドとかメンチサンドをつくるようになりました。
そのサンドイッチは、6年前「ほるぶ市川浦安版」に載りました。
その2年後に料理雑誌「ダンチュー」のコロッケ特集にも載りました。
今でも卒業生がたずねて来てくれる。ありがたいことです。
人と人とのつながりが店を発展させてくれたのだと思います。

品揃え コロッケ、メンチ、サツマイモコロッケ、手づくりポテト、
サラダ、カツサンド、焼き豚、チキンロール、などなど、30種類をこえます。
現在の売上比率は、牛 50%、豚、鶏 25%、惣菜 25%です。
売上の四分の一を惣采が占めています。

おすすめ品 自家製コロッケ、メンチ、ポテトサラダ、
チキンロール、カボチャコロッケ、サツマイモコロッケ、
それにスタミナ漬け、ギョウザ、シュウマイなどがあります。
他に、2012年現在では、じゃがベー(男爵を練ってベーコンでまき、
あげたもの)がお勧めで、価格は80円とお買い求めやすくなっています。
学生さんには、スタミナ漬けが簡単でいちばんいいのでは?
 ニンジン、ピーマン、それに豚肉をミソ味で軽く漬け込んだものです。
フライパンを温めて、いためて、あとご飯の上に掛けるだけでいい。
自炊している学生さんには一番いいと思います。
あとシュウマイを沸騰したお湯の中に入れて、ゆでるだけでいい。
あとは好きな揚げ物を自分でサンドイッチにして食べればいい。

お客様に対して お客様との対話がいちばん大事ですね。
お客様の意図を組み込み、惣菜をつくるようにしています。
味は自分の口に頼りますね。色々と意見をしてくれるお客様もいらっしゃる。
そういったコミュニケーションをこれからも続けていきたいです。
学校帰りの学生さんが買いにきた場合は、
揚げ物にソースかけてあげるなどのちょっとしたサービスもしています。
レイアウト 売る側から見た場合、お客様が欲しい品物を見ると、
求めている物を感じることができるので、ほとんど変えないようにしている。
お客さんの目線で、品物はすぐ分かります。

働き手さん コロッケ、メンチは先代からのつくり方です。
仕入れは、1次、2次問屋を通さないで、屠殺場から直接きますし、
鶏も頭を落としただけで入ってきます。
おろしたてのささみは生で食べるのが最高です。
主に女房が惣采関係を、私が精肉関係を担当し、
他にあとパートの方が2名と合わせて5名でやっています。
5名の力+お客様の力で、店は成り立っております。
時々、お客様に直接「今日のコロッケはどうですか」と問います。
そうするとお客様は必ず答えを返してくれる。ありがたいですね。
小売屋は小売屋らしくお客様と小さな対話で見出す、小さいことですが、
それが原点です。マニュアルになったらだめですね。
そういった意味では家庭の奥さんの料理も
微妙に味が変わっているのであきないのです。

毎年春、市川小学校の3年生が、校外教室で、うちに来てくれる。2012年現在では、定番の行事となっています。
肉屋の先生です。子供たちの質問に答えて、豚はどこからきて、
豚肉の部位について話をする。勇気のある子には、
大型の冷蔵庫に入ってもらって片肉、豚肉、鶏肉をそれぞれ見せてあげる。
触ってみて、「これがこういう肉になるのだよ」と説明すると感心している。
また、最後には「牛や豚、鶏の命を恵んでもらっているので、食べ物を無駄にしないように
残さず食べましょう。」と伝えています。これは、生鮮店が伝えるべきだと考えています。
これには、先生、父兄の方もいらっしゃる。
地域に密着した商店街にしていきたいと願っています。 


環境問題 きちんと分別して出している。
いずれ営業ゴミは、専門業者に持っていってもらって焼却することになると思う。
昔はバーナーの風車の音がうるさくて近所迷惑がありましたが、
いまはガスですからありません。ゴミの問題に対して
今後、社会的問題として考えていかなければならないと思います。

商店街のイメージ 大門通りは真間山の参道であり、うちの大門通り商店街は、
参道の入り口から京成の踏切までです。
現在は、大門通り商店街単体でのイベントであるが、市川真間商店連合会の各商店と連携してイベントを発起したいと考えている。
また、真間山弘法寺さんや手児奈霊堂さんといった寺院との
イベントも行えればと思っています。みなさん、協力して参加してほしいです。

商大生に一言

買いに来てくれた人たちや、いままでつき合っていた人が、また思い出してきてくれればうれしいです。
サービスするつもりです(笑)。社会人になられてもいつまでも当時を思い出してきてくれるような
関係が生まれればと思っています。一生懸命、長くがんばってやっていきますから、
皆さん、いつでも立ち寄ってください。
「またあのコロッケが食べたい」といって立ち寄ってくれるのですから、うれしいですよ。本当に。 
今の学生は、アルバイトとかあって時間に追われていることもあるようですが、
昔の人は、時間にゆとりがあったような気がしますね。4,5年前のことですが
卒業生に「おじさん写真に入って」と言われました。
後で写真をもってきてくれましたよ。最近はそういうことはないですね。

『肉の山崎』は、真間商連と千葉商大で提携している「学生割引制度」に参加しています。
揚げ物・惣菜・サンドウィッチ類を学生証を提示していただいた学生さんにそれぞれ10円引きとさせていただいています。
(二代目 二本松 一利さんにインタビュー)
2005年 作成
2012年5月17日 インタビュー / 2012年6月15日 更新

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