ラクーンクリーニング

ここに書かれているのは、当店の歴史を掲載したものです。
現在のお店の状況や取扱品目等とは
異なる場合があります
ので、あらかじめご承知おきください。
なお、最新のお店の情報をお知りになりたい場合は、
お店までお問い合わせください。

創業 昭和63年(1988年)7月に市川小学校の正門前に営業所を開業

創業の経緯 飲食店を8年間やっていて、何か仕事をして稼がないと考え、
飲食店をはじめた友人4人で副業のつもりでクリーニング店を始めました。
最初の半年間は、二束のわらじで飲食店とクリーニング店をやっていました。
普通、家庭でやる洗濯の下着、タオルなど4ないし5kgを袋に入れてもらって
1500円で受付して洗濯は工場に出し、翌日、部屋の前にお届けするという
便利なサービスがスタートでした。お客様のほうから来てくれました。
一日に100個が目標でいくかいかないかという状況でした。

創業当時の時代背景 バブル崩壊前夜でとても明るい未来が
開けているように感じた時代でした。主婦も学生も私たちもみんなが浮かれていて、
家庭の洗濯なんて日本人はお金があるからやらなくてもいい。
アメリカでもだんだんそうなってきていたのですが、
そんなものは外注してしまって4、5時間かかる洗濯の時間は
ほかの知的作業に充てようという時代でした。
1988年は、東京ドームの完成、瀬戸大橋の開通など
明るいニュースの一方でリクルート疑惑が発覚している。
発展 創業してからクリーニング士の試験を受けて資格を取り、
1年後には大きな水洗機、乾燥機を入れてウエット仕上げができるようにし、
2年後にはドライクリーニングの洗浄機、各種仕上げ機をいれて
ドライクリーニングができるようにし、普通のクリーニング屋の設備が整った。
その間、バブルがはじけて、当初のサービスが少なくなっていき、
売上構成が逆転して、当初受けていた人がすべていなくなって、

開業して5、6年後にはドライクリーニング専業になりました。
また業務拡大に伴い1995年に市川市大洲に工場を新設し7年間いました。
取扱店は10店舗でやっていました。その後、価格競争が激しくなり、
多く扱い安くやる形から規模を縮小して平成13年に居ぬきに
近い形であった現在地、市川市真間2丁目に移転し、
高品質なものに切り替えました。
苦労したこと 他業種だったのでゼロから仕事を覚えていく毎日が苦労でした。
やりながら勉強していきました。店舗営業でお客様が見えてくれるほかに、
配送する相手の事業所、ホテルなどを自分で開拓して歩く
普通の営業の苦労もありました。軌道に乗るきっかけとして、
いきなりデズニーランドのオフィシャルホテルの
サンルートさんにあたって大口が取れたことがラッキーでした。



取扱商品 ワイシャツが50%、あとの50%が、スーツ、オーバー、スラックスなど
一般のクリーニングです。その中には、和服、小物、浴衣などが2,3%あります。
高級品の和服は京都に行って勉強してから取り扱うというように、
お客様から教えてもらう形で順次、取扱品を後追いで増やしていきました。
とにかくていねいにということを基本にしています。受付のときにしみとか
汚れはきっちり見てお客様に価格を説明しています。見逃したときは、
うちのペナルティとしてきれいにしてお返しする。一回きれいにしてお返しすれば、
もう汚いところには出さないでお客様はラクーンに来てくださると考えています。
とにかく真間中の洗濯物をきれいにしようというのが基本の形です。
洗濯の苦情は、基本的には洗濯表示どおりにやったかやらないかで判定している。
しかし真間の人はとてもお金持ちで、婦人ものでも紳士ものでも、
オーダーされたものは逃げ道がない。

自分たちがさわってわからなければ裏から糸一本抜いて
テストをしてこれはなんだかわからないとだめです。
料金体系は、まず素材によって基本料金が違う。
あとはドライクリーニングだけでいいとか、たとえば汗をかいているので
ダブルクリーニングをおすすめするなど洗い方で違ってくる。
一日の来店者数は、季節変動が激しいが、真間店で、一日20名前後です。
売上の比率は、半分くらいは外まわりからきています。
直営の取次店は2店で、外注の取次店が2店舗です。

あとはホテルとかスポーツクラブは行かせています。
従業員は、パートで10名、洗いと仕上げは真間店の1階と2階でやっています。
配送は車持込が4名で外注扱いです。
上の2割は、自宅まで業者がとり行く。
日常の買い物に行かれる人は店舗にもってこられます。
単身者は自分でもってくる。それぞれ半分ずつです。



接客の特徴 とにかく話をしてもらえる形にして、
精神的なつながりをもってもらえることを基本にしいます。
上の2割の家に行く人には、ネクタイでもしていきなさいといっている。
技術的なことは一日一日、経験によって覚えなさいといっています。
苦情が最も多い業界で、消費生活センターの話では、
メーカー・販売店で50%の責任、お客さまの思い違いが40%、クリーニング店が
10%くらいです。実際の窓口がクリーニング店なので、
最初は100%がクリーニング店です。
一応、全部お聞きしてから対応しています。
メーカーが悪いとはっきりわかった場合は、代わってやってあげます。
お客様の勘違いを正すのがとにかく大変です。

お店のレイアウト お返しするときにお客様をお待たせしないように、
見てくれは悪いのですが、お客様ごとに一箇所に収納しています。
環境問題 個人レベルではクリーニング店は何もできないことを
国はわかっているので、メーカーレベルで規制をかけてきています。
たとえばフィルターはメーカーが引き取る。
リサイクルできないハンガーは売らないなどです。
市川は、完全下水なので規制はかかっていない。
5年後、10年後に規制がかかる排気問題はできるだけ
前倒しして努力していきたいと考えています。

商店街のイメージ 
廃業した店は、あと何かの業種がはいってくる。
向こうから商店会に入ってくるのを待つよりも工事しているときにわかるので、
こちらから積極的に商店会に入るように働きかけて
お店を増やしていくように全員参加するようにやっていったらよいと思います。



商大生に一言 おとなしいですね。昔のようにきれいなスーツ姿で学校にいってくれるとクリーニング店もよくなると思っています。
将来展望 真間中のお客様がうちに来てもらえたらいいなと思っています。



 (2003年11月12日 創業者・代表取締役 長谷川 由美さんにインタビュー)