仲無電気

ここに書かれているのは、当店の歴史を掲載したものです。
現在のお店の状況や取扱品目等とは
異なる場合があります
ので、あらかじめご承知おきください。
なお、最新のお店の情報をお知りになりたい場合は、
お店までお問い合わせください。

仲無線電気(株) 創業 昭和32年
nakamusen@nifty.com

家庭電器のメーカー、東洋工機を辞め、現宮崎商店の場所で開業した。
脱サラのきっかけは、社長が大学を作るというので、
その先発隊で行ってくれということになり、市川に来ました。
真間山があり空気がきれいだし後、
現在の地に(印刷会社の跡地)に移った。
当時の真間4丁目は、地元半分、戦災で焼かれてきた人など
よそから来た人が半分でした。

今は自治会の名簿などを調べると7対3から8対2近くになり、
地元が少なくなっている。ですから昔は地元意識がすごかったです。
よそから来ると排他的でしたが、今はなくなりました。
私は技術がありましたのでそんなに影響はなかったです。
当時は14インチのテレビが5万5千円で、
一台買うのに3か月分の給料が必要だった。
力道山がプロレスで活躍していた時代で
店の前にみんながワーッとみに来るのです。
その後、2ヶ月くらい働いたら買えるようになり、
子供がほしくてたまらないという時代でした。。


東京オリンピックを契機に大量生産でテレビが安くなって、
それから洗濯機、冷蔵庫、掃除機など家庭電器商品のブームに
火がついたと思います。部品を山と積んで、
故障したらすぐお客様の家で直すというやり方で信用を得、
お客様の信頼を得たのではないかと思います。

大きな事件 昭和31年に経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言し、
昭和32年には千葉県の柏に大団地、
初の丹生タウンが誕生するなど戦後の成長期がこの頃から始まった
変遷 
昭和40年代に商店会の会長をやっていましたが、
その頃は66店だったのが、今は40店たらずです。
20数店なくなっています。京成ストア
、西友、ダイエーなどに侵食されてしまった。
その頃、むしろ旗持って反対運動したのですが、
結局、出てきてしまった。それで、がっくり地元の売上げが落ちてしまった。
一番影響を受けたのが時計屋さん、
安売りの量販店にみんなもっていかれてしまった。
次に眼鏡屋さんも大手に持っていかれてしまった。
電気店のお店の数は減っていません。
私が始めた頃は60何店で今は市川で組合に入っている店が約80店です。
技術で食っていますからやっていけるわけです。

                  

ITの時代になり今の技術では追いついていけなくなってきている。
ホームページを作って活用しています。
まず価格である程度太刀打ちできないといけないし、
その上で技術があるという形にしないといけないと思っています。
数年前からなんでもそろうコンビニエンスストアがぼつぼつ出始めました。
これもいまではそれほど売り上げが上がっていなくて限界です。
利幅が小さいから儲からない。ほとんどが人を雇わないで家族でやっている。

重点商品 テレビ、洗濯機、掃除機、冷蔵庫それとあとは夏の扇風機、
エアコン、冬のコタツ、ストーブ、ファンヒーターなど季節商品です。
金額が張るので仕入れが大切です。
過剰在庫にならないように適正な仕入れにすることです。
商大の学生さんが電気のことを習いに来ていたが
生協ができてからつながりがなくなりました。

お客さんとの関係 
自分のところで売った商品は最後まで責任を持つということです。
ですから修理の優先順位は、自分のところで買った
お客さんのところに真っ先に行くことです。
それから行って帰ってきて翌日にもう一回いって直っていますか
と確認しておくことです。お客様は高いお金を払って買っているのですから、
その後、きちっと面倒見てもらえるということで
うちあたりは生き残っているのだと思います。
開店当時、従業員を35人雇っていた
三松堂さんという大型電器店があり、うちと15分ぐらいのところにあったので、
どこへ行っても三松堂さんがきていますから結構ですといわれてしまう。
何か修理があったら、うちで間に合うものがあったら
お伺いしますと修理から入ったわけです。

お客様のところに行ってその場で直したものです。
今は持ち帰って修理するかたちです。
ほかにメーカーサービスというのがあって
部品をみんな持って修理に行くかたちです。
8割がた自分で修理する店が残っています。
売るだけのお店はほとんどなくなっています。
小売店のお客さんは50代から70代の人たちが主です。
きて会話がしたいのではないかと思います。

交流がなくなったので情報がほしいのです。
交流会としては、うちの自治会での催しですが、
親子で集まっていただくスイカ割り大会があります。
今年の8月で33年目になります。手児奈さんの庭で
100人から150人くらい集まり、文具等の景品も出しております。
お店のレイアウト 
移り変わりが激しいから、下手すると不良在庫が出てしまう。
ですから不良在庫にならないように売って行かなくてはなりません。
昔は全部、品物を開けて陳列していたが、
今は箱入りのまま置いてある商品もあります。

箱から出しておくとほこりだらけになる。
また傷つくでしょう。箱入りのままの方がお客さんも安心して持っていける。
ただ電池だとか電球などは毎日、
お客さんがきますから値段だとか誰にもわかりやすくしています。

これから値段が安い韓国や中国の商品の扱いが難しいと思います。
売りっぱなしだとよいが、後々面倒を見るとなると
前向きでは売れないなと思います。買ったとき安いけど故障したとき、
直してもらえないとなるとお客さんも困ることになる。

環境問題 廃棄する電器製品は、
お客様のところから運搬代とリサイクル料をもらって引き取って、
メーカーの作ったリサイクルセンターに運んで再利用する。
払うのがいやで車で来て私の店の前に捨てていく人もいる。
リサイクルは小売り屋さんがリサイクル料をもらって
きちっと対応していくしかないと思います



商大生に一言 

マナーは前から見るとよくなったと思います。
うちの前は、真間小学校ですから生徒が出たり入ったりするので
バイクが危険で、商大に申し入れたらぴたりとやんだ。
自治会で空き缶のクリーン作戦をやっていたが、今は少なくなっている。
今年から中止しました。今の若い人はお店に入っても話をしたがらない。
声をかけるとすっといなくなる。若い人が入ってくると男性も女性も話しかけていいものか
商店街の人たちも戸惑っている。若い人と交流できる場ができるとよいと思っている。



(2003年5月29日 代表取締役 仲 五郎さんにインタビュー)