宮崎商店

ここに書かれているのは、当店の歴史を掲載したものです。
現在のお店の状況や取扱品目等とは
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駄菓子屋

創業

昭和29年 7月
創業者   宮崎 晋

店の歴史

下総中山駅の法華経寺門前(現在のJR下総中山駅とその商店街)で乾物屋をやっていた叔父(成瀬商店店主 成瀬 厳)の影響を受け
その翌年に専業農家をやめ「旭会」に入会し、文学の道がある国府台女子中学校の並びに小川に蓋を渡した奥に
六畳一間くらいの借店で開業した。
八年後、真間4-5-5に店を移し、今に至る。

(商店街全体に関わるできごと)
ここ五年は真間川の反乱はないが、それより昔は台風など大雨が降ると反乱した。
五年前から二年続けて氾濫があった。マンホールから水があふれ出る前の晩から土嚢を積んだり
商店の一階部分は浸水してしまうために商品などは二回に非難させていた。
商店街の電柱には「、その時の水没状況を表す線が記されている。

旭会とはなんでしょうか?

宮崎商店:商店会です。
当時は昔気質の無借金で店を開くのが慣例でした。
駅前を除くとバスも走りはじめて間もない時期だったので
「旭会」が近辺の商店会の中でも一番賑わっており、そこに入会をして商売をする事が
一つのステータスであったために、旭会に加入希望者が多かったのです。

当時の様子は?

仕入れは市場ではなく、農家とそれぞれ直接契約を結んでおり、
月に一度船橋の方から農家が荷馬車を引いて野菜などを納品に来ていました。
生産農家から直接仕入れているため、小さい問屋から仕入れている八百屋などよりは
安かったです。昭和三十一年の経済白書で「もはや戦後ではない」といわれ、ブランド志向が
ようやく定着しつつあった時代で、にんべん、紀文、雪印などの商品が店頭に並びはじめていました。

当時はどのようなものを扱ってましたか?

法華経寺や手児奈霊堂、弘法寺の依頼でうづら豆や黒豆などの煮豆、佃煮、ポテトサラダなどを
納めていました。またアイスクリームなども置いていました。
この様にお客さんの要望に合わせて商店街に無かった商品を置き、品揃えを増やしていきました。

宮崎商店で 変わっていったところはありますか?

一番の転機は 昭和四十八年、新宿中村屋のチェーン店に加入したことです。
中村屋指定のインテリアデザイナーが来て、当時のお金で530万円かけてガラスケースを入れたり
店頭に看板張りをしたりしました。
肉まん、あんまん、羊羹等を扱い、配送車が毎日来ていました。
その後、デイリーヤマザキ、新川屋さんのヤマザキ、みすずという手作りパンの専門店と
50メートル四方に四軒のパン屋さんあるという状況になり、平成11年に配送はやめて中元、歳暮の
進物品のみにしました。この頃、近所の駄菓子屋さんがやめて それを引き継いでます。

現在はどのようなことがメインなのですか?

駄菓子や遊戯王カード、ちょっとしたおもちゃ類を扱っているのが現状です。
お客については圧倒的に小学生、次に部活の単位で来る中学生です。
日に50円、多くて100円を使ってくれます。
小腹が減ったとき、ミニラーメンはお湯を入れて30円、10円ジュースかアイス
冬場は50円のおでんが人気があります。
小学校からもらった長椅子に2,3人のグループで2,3時間ぐらいいるというのが
日常の風景である。今ではお客さんとお店のコミュニケーションが大事だと
考えています。万引きもあるが、1,2回は見逃して3度目にはたしなめて
習慣にならないように指導しています。思いやりと絆というか・・・信頼を大事にして
頑張りたいとおもっています。
これからの新しい試みはありますか?

ダイエー、トイザラスなど大型店がきてチラシが入るようになってきてから
売り上げがダウンしてくるようになってきました。
平成13年から新しい試みとしておもちゃ、ゲーム機などのリサイクルをはじめました。
ゲームソフトを買い取り価格の半分以下にして、売値300円、500円の二種類で
店内に置いてみました。また、カステラを置いていたショーケースに遊戯王とか
ポケモンやデジモンなど子供に人気のあるカードゲームを置きました。

また、子供からあまったものを一枚一円で買い取り、10枚とかデッキ40枚組にして
しかるべき値段で売ることもはじめました。

そうしたら学校の帰りに なんと千葉商科大学生ゲームソフトを見られるようになり
買って行かれるという今までとは違った関わりが出ています。
こどもの余ったモノをよりよくリサイクルしていくことを これからも心がけていきたい。

商大生へひとこと

ゲーム機、ソフトを並べてから商大生との関わりが深くなってきました。
最近の一年生を見ているとファッションが良くなってきましたね。、また道をゆっくりと歩いているように
変わってきました。是非 大学近辺の商店街に足をとめ、中に入って欲しい。
あおこから新しい出会い、発見が生まれると思います。

宮崎商店 (2002年5月11日 松村さんにインタビュー)