ホリエカメラ

創業 昭和54年(1979年)38
創業者:堀江豊 真間本通の現在の地で開業した。手児奈のほおずき市が始まった年でもある。


◆ 昭和49年(1974年)の石油ショック以来、カメラ業界はやや下降気味であった。
私はカメラ量販店の店長を歴任していたが、自分なりに不満があり、
いずれ独立しようかという気持ちがあった。
『よそにないひと味違う、あなたのカメラショップ』をキャッチフレーズに地域に密着した、
地域一番店になろうというのが願望でした。
当時の市川には何軒か数はありましたが目立ったカメラ店はなかった。
発展 オープンしてからは苦難というより夢中だったです。
昭和58年(1983年)4月に東京ディズニーランドがオープンした頃からちょっと業界に変化が出てきました。
自家現像機械を置いて写真のプリントに対応するミニラボショップの時代に入った。
コニカさんがナイスプリントという名前で店頭写真現像機を宣伝していた。
また昭和60年(1985年)3月に夢のカメラといわれたミノルタオートフォーカス
α―7000が発売されて爆発的に売れた。

無我夢中でやってきて、オープン8年後の昭和62年(1987年)6月21日
第2号店のホリエカメラ本八幡店を出店した。
当時本八幡にはカラープリントを安売りしている店があり、
会計の顧問の先生から激戦地に出てやっていけるのと反対された。
しかし自分のカンでやれると思い出店した。お客様は安いだけじゃなく、品質を要望する。
安いと写真もそれなりのものしか出来上がらない。
写真を本当に愛する人はそういう安い店には行かない。本八幡では現像機械を最初に取り入れた
デジカメの台頭平成13年(2001年)ごろからデジカメが本格的に出てきた。平成15年(2003年)に対策のひとつとして本八幡店でデジカメの現像処理を始めた。一方、市川真間店では、平成15年(2003年)から平成17年(2005年)までは「桜」、平成18年(2006年)以降は「真間の里」をテーマに写真コンテストを実施している。
平成15年(2003年)にフィルムカメラでの応募は半分以上あったがその後漸次、減少していき、平成21年(2009年)には10%、平成22年(2010年)に5%、平成23年(2011年)は2%に激減し、フィルムカメラからデジタルカメラの世界へ変わってきている。この一因として、デジカメのホームプリンタがよくなってきたことも追い風になっています。
この間、平成21年(2009年)に本八幡店を閉店し、現像機械を市川真間店に移している。われわれは、写真一本で今後食べていけるか非常に難しい。

今後の展望現在、来店客の半分はフィルムカメラの愛用者です。傾向としてはデジカメが増えていくと思います。
ホリエカメラができることは、今おいでになっているお客様を第一に考えて、固定客を大事にやる、なおかつ新しいことをやるしかないと考えている。映像とか、記録とか、カメラや写真に関することになると思います。
そのひとつとしてデジカメの未加工のメモリーカード(※)を持ってきていただき、銀鉛写真プリントにすることです。
※) 未加工のメモリーカードとは・・・画像データの色調の変更や背景を修正するなど、画像データに手を加えていないもの

銀鉛写真プリントのメリットは次の点です。
   @ 色と明るさが違う・・撮影段階では、デジカメの種類と撮影条件で決まり現像段階では、写真店の現像機での印画紙への焼き付け方で決まる。
                  現像液の管理を毎日行っている。週に1回はコントロールストリップ(現像液検査基準)のペーパーで現像し、富士フィルムへ送ってチェックしてもらっている。
   A 長持ちする・・・・・保存方法のアドバイス
   B 写真の楽しみ方のアドバイス
      ・ 撮影した中から”この1枚”を選ぶ
      ・ トリミング
      ・ 額に入れる
      ・ 思い出のアルバム作り

一味違うあなたのカメラショップ
   みなさん、目的を持っていらっしゃいます。
    ・ フィルムの現像
    ・ デジカメのプリント
    ・ 証明写真
    ・ フィルムの購入
    ・ 電池交換
    ・ 記念写真 : 七五三、成人式、入学式、卒業式、結婚式、家族写真
 また、カメラ・映像・フィルムでわからないことがあれば、ご相談下さい。カメラの知識にも自信があります。

初心を忘れずに、【 一味違うあなたのカメラショップ 】。このキャッチフレーズでこれからも続けていきたいと思っています。ぜひ、ご来店下さい。

一般の方への特典
このホームページを見てご来店の方は、「ホームページを見た」とおしゃって下さい。”全商品5%引き”で提供させていただきます。
店に入ってすぐにはミニギャラリーのスペースが設けられていて
個人で撮影された祭りの写真や思い出の一枚が飾られています。
地域のカメラ屋さんならではの 催し物ですね。

商店街のイメージ 
駅からまっすぐの通りで開店当初を振りかえって見ますと商店街もかなり変わってきている。
金物屋、雑貨屋、履物屋、いなり寿司専門店、せんべい屋、洋食レストラン、
焼き鳥屋、肉屋、時計屋、本屋、婦人服のブティック、のり屋などかなりの業種がなくなってる。
物販店のすくない商店街は寂しい。とくに八百屋、魚屋、肉屋という生鮮3品がないのは寂しい。


商大生に一言 いいカメラは、量販店と変わらぬ値段で売っています。
だから大いに店にきていじめてほしい。40年のキャリアがありますからできるものはできる、
できないものはできないとはっきりいいますが。もっともわれわれのクラスでは
全商品を置くわけにはいかないので取り寄せになりますが。開店したの54、55年当時の商大生は元気があった。
今は部活、スポーツに力入れてないように感じる。昔は越中ふんどしで店の前を走っていく人がいた。外に出て元気を出してほしい。

商大生への特典
学生証を見せていただければ、”全商品5%引き”です。特に就活などの証明写真はぜひホリエカメラへ撮りに来てください。

2002年当時のインタビューの様子をムービーでご覧になれます。(WMV圧縮)
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10MB 124kbps

堀江豊さんにインタビュー

2002年6月29日 作成

2012年1月21日 更新 / 2011年11月10日 インタビュー